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読売新聞は7月23日夕刊と号外、24日朝刊で、石破首相(自民党総裁)が退陣する意向を固めたとの報道が結果として誤報となったことについて、取材メモの精査や担当記者への聞き取りなどを行い、経緯を検証した。参院選での自民党惨敗を受け、首相は退陣する意向を周辺に明確に伝え、その段取りまで語っていたが、報道を受けて翻意した可能性がある。

読売新聞は、石破首相の発言をもとに退陣意向を報道したが、首相は様々な場で「自分は辞めるとは言っていない」と繰り返している。こうした虚偽の説明をされたことから、進退に関する首相の発言を詳細に報じることにした。

読売新聞政治部は、参院選での与党の劣勢が伝えられるようになった7月中旬から、与党が敗北した場合は首相が退陣する可能性があるとみて、首相の進退を巡る取材を本格化させた。
首相の進退は、国民生活や外交を含む国政運営に多大な影響を及ぼす。このため、政治部は、側近や首相秘書官ら周辺のみならず、首相本人の発言を確認することを最優先に取材を進めてきた。
「道筋をつけて次の人に受け渡すということだ」
首相が自らの進退をほのめかしたのは、参院選投開票日の7月20日午後1時ごろだった。非改選議席を含めて与党で過半数を維持できる「自民、公明両党で50議席以上」という、自らが定めた「必達目標」に届くかどうかが危ぶまれていた。道筋をつけるという条件付きながらも、「次」へのバトンタッチを視野に入れた発言だった。
首相は、翌日に予定されていた自民党総裁としての記者会見でどう発言するかについても語り、「辞めるとは明言しない。ここで辞めると言ったほうが楽だ。俺だって言いたい。でも、政権を放り出すことで内政も外交も混乱する。この状況で次の人にバトンをつなげない」としていた。
「関税見届ける」
開票が進むなかで出演した20日夜のテレビ番組では、首相は「いかにして政治空白を作らない、混乱を大きくしないかは常に考えねばならない」と述べ、続投を明言した。
参院選での各党獲得議席数が確定したのは21日午前だ。自民、公明両党は計47議席にとどまり、自民党政権で初めて衆参で少数与党となる事態に陥った。
選挙結果を受け、首相は21日午前11時ごろ、「40議席台後半なら、なんとかなるかもしれないと思った。できるところまでやる」と周囲に語った。50議席に迫る議席を確保できたことで、続投に傾いたことをうかがわせた。その後の総裁記者会見では、「ここから先はいばらの道だ。赤心報国の思いで国政にあたっていく」と表明した。
その傍らで、首相ら執行部の責任を問う声は次第に強まっていた。自民党の木原誠二選挙対策委員長は21日、参院選の総括後に辞任する考えを周辺に伝えたほか、党内では衆院選、東京都議選、参院選で3連敗を喫した首相の続投を疑問視する見方が広がった。
首相が、米国による関税措置を受けた日米協議に区切りがついた段階で退陣する意向を周囲に明言したのは、22日夜のことだ。赤沢経済再生相が関税を巡る閣僚協議のため訪米し、交渉は山場を迎えていた。
首相は、赤沢氏の交渉手腕に期待していると語りつつ、「関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている。でも、交渉中に『辞める』なんて言えない。だから俺は続けると言っているんだ」と説明した。
関税交渉で合意が実現すれば、「記者会見を開いて辞意を表明する。辞めろという声があるのなら辞める。(参院選敗北の)責任は取る。でも、国益をかけた戦いだけは、最後まで見届けさせてほしい」とも語っていた。
退陣へ段取り
首相はさらに、8月6、9日の広島、長崎の「原爆の日」、戦後80年を迎える15日の「終戦の日」は、首相として臨みたい考えを示した。8月20~22日に横浜市で予定されていた「第9回アフリカ開発会議」(TICAD9)にも触れて、「TICADは俺がやるよ。もう辞めると言った後だけど」とも語っていた。
首相は、退陣の意向をどう説明していくかの段取りも周囲に明かしていた。
7月23日午後には、首相経験者の岸田文雄、菅義偉、麻生太郎の3氏との会合が予定されており、首相はその場で自らの意向を3氏に伝える考えだった。「説明すれば、首相経験者だから気持ちは分かってくれると思う」と吐露していた。
こうした取材をもとに、本紙は23日朝刊で「首相、近く進退判断」の見出しで、「首相は、米国の関税措置を巡る日米協議の進展状況を見極め、近く進退を判断する意向を固めた」と報じた。
この朝刊を読んだ首相は23日朝、「これで党内が静かになるといいな」と周辺に語り、記事を肯定した。同日午前9時すぎには首相官邸で記者団に、「交渉結果を受けて、どのように(進退の)判断をするかということになる」と本紙報道を認める発言をした。
記事が掲載された23日朝には、米国のトランプ大統領が日本との交渉妥結を表明した。これを受け、本紙は、首相に心境の変化がないかを改めて取材したところ、首相は「今日は発表しない」としたものの、退陣の意向については「変わりはない」との認識を示した。
こうした中、毎日新聞がニュースサイトで首相が退陣意向を固めたと報じた。22日夜と23日朝にかけて首相の意向を確認していた本紙も23日夕刊と号外で、「石破首相退陣へ」の見出しで、首相が退陣の意向を固めたことを報じた。報じるにあたり、首相側にはメールで通告した。
「辞められない」
首相本人の想定より早く辞意が報じられたことに、首相は態度を硬化させた可能性がある。
本紙が退陣意向を報道した直後の23日午後、3人の首相経験者との会談が予定通り行われたが、首相は「参院選の総括をせねばならない」と話すのみで辞意は伝えなかった。麻生氏は「石破自民党では選挙に勝てない」と自発的な辞任を求めたものの、首相は返答しなかったとされる。首相は会談後、記者団に「私の出処進退については一切、話は出ていない。一部に報道があるが、私はそのような発言をしたことは一度もない」と否定した。
23日夜、首相は「まだ辞められない。関税もまだやらないといけないこともあるし、8月にも日程がいろいろある」と周囲に語り、前日の発言を翻す考えがあることを示唆した。本紙報道については、「こういう記事を書かれると、俺も燃える。もう辞めないぞ。しばらくは『誤報だ。俺は辞めるなんて周辺には言っていない』と言い続ける」と語っていた。
続投理由を拡大
これまでの取材の検証で浮かび上がったのは、首相の発言が日々揺れたことだ。「疲れた」など弱音とも受け取れる言葉を漏らすこともあった。
首相は参院選投開票前の7月14日には、「俺が辞めるという決断を下したら、野党政権になる可能性がある」と周囲に漏らし、与党が50議席を割った場合でも、退陣しないとの強気の姿勢を見せていた。
ところが、15日には「本来なら、余裕で50議席を超えるところだが、こんなに苦しいとは。(進退は)結果が出てみないことには分からない」とトーンを変えた。17日には「きっぱり(政権を)放り投げられない。『惨敗した。さようなら』で終わらせてくれないところがある。そっちの方が本当は楽なんだ」と揺れる心境を明かしていた。
首相が続投の理由に掲げる政策課題も、日がたつにつれ広がっている。
首相は当初、日米関税交渉で合意に達すれば、退陣を表明するとしていた。しかし、8月8日の両院議員総会では「関税交渉の合意はできたが、この後、いろいろな課題についてきちんと詰めていかないといけない」と述べ、国内対策を含めるようになった。
直近では、報道各社の世論調査で内閣支持率が上昇していることを引き合いに、「国民世論と我が党の考え方が一致をすることが大事だ。そういうことも総合的に踏まえ(責任を)適切に判断したい」と語っている。



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